『斬(ZAN)』

主に Web(ウェブ),ブログ(blog),サイト,ニュース,CGM などネットで視た様々な出来事を『斬』りますよ。
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ウェブの活動でメインとなるサービスは? 

 ウェブ(とうかインターネット)には、さまざまな CGM 系サービスがあります。

 いわゆる昔からあるウェブサイト(HP:日本でホームページと呼ばれているもの)、掲示板、チャット、ブログ、クチコミサイト、Q&Aコミュニティ、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)、SBS(ソーシャルブックマークサービス)、Twitter 系マイクロ(ミニ)ブログ。他にも MMORPG やセカンドライフのような仮想空間もあるでしょう。また、最近では動画サイトによる映像を使ったサービスもあります。古くにはメールマガジンだってネット上での活動といえます。

 これらの一つしかしていない人もいれば、複数のサービスで活動している人も多いでしょう。

 その中で、自分がそのサービスを一番メインの活動にしているか、ということが気になりました。

 今の自分のウェブでの活動は、ブログがメインなのですが、様々なサービスの登場によって今後それが変わっていく可能性があるというのを感じます。

 最近では Twitter がその筆頭であり、お手軽さからか、ブログからメインの活動を移した方も多く見受けられます。

 多くの人は、興味の対象が変わって自然な流れでウェブサービスの活動拠点を変えていくのでしょう。また、流行の流れに沿って、人の集まる場所を求めて移るのかもしれません。

 結局のところ感心なことは何がきっかけでどうして活動拠点を変えたか。そのきっかけとは何だったのか?ということに興味がわきました。

 ということでオチも無く終わる。ま、続きで別のことを書く予定。
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「天空の城ラピュタ」の放送をウェブと一緒に観てて感じたこと 

 先日、日本テレビでアニメ映画「天空の城ラピュタ」のテレビ放送があった。もう20年以上も前に創られた作品であり、既に、テレビでは12回目の放送だとからしい(ソースは2ちゃんねるのため、らしいとする)。

 つまり「なんどめだナウシカ」ならぬ、「なんどめだラピュタ」状態である。それにも関わらず、ウェブ界隈では、さまざまなウェブコミュニティでそれぞれ、凄い盛り上がりをみせていた。

 2ちゃんねる、Twitter、ニコ生、など、リアルタイム性を重視したサービスでは、この放送を観ながら、思い思い、好き勝手なことを書き込んでいる状況が見受けられた。はてなブックマークニュースでも特集記事が作られ、放送前にホッテントリ入りをしていた。

 それは、ある意味「吉本新喜劇」的なノリであり、数々の名台詞から盛り上がる場面場面が既に分かりきっている状況で、シンクロしてウェブで共有するというのは、何ともいえないうれしい瞬間でした。

 時代はネットだオンデマンドだ、といわれていますが、まだまだこういったマスメディアの固定時間枠放送というのも馬鹿には出来ないなと思った次第。

 2ちゃんねるでは、ラピュタ崩壊の呪文「バルス」の発せられるタイミングで、書き込み集中によってサーバーが落ちるかどうかといった話題で盛り上がり、ある種のサーバー負荷テストだとも言われていた。実際その前に落ちたらしいが。

 Twitter では、buzztterでの話題のキーワードが、ラピュタ関連で埋まっていた。

 ニコニコ生放送では、放送を観ながら配信するユーザー生放送が幾つも存在し、普段からラピュタのキャラの声真似をする生主の放送が人気を集めていた。

 こういったことで盛り上がれるのも、同じ時間に同じ物を観ることが出来る、共有することができることが前提であり、事前知識と共通認識が盛り上がり要素には不可欠です。

 そんなことを思っていたときに「「いまのニコニコ動画には不満」--ひろゆき氏が語る3年目のジレンマ:スペシャルレポート - CNET Japan」の記事を読む。
「テレビの劣化版を作っても仕方ない」
 もう1つ西村氏が不満に感じているのが、ニワンゴが提供する生放送番組の位置付けだ。現在毎週月曜日から金曜日の21時から、タレントなどが出演してトークを繰り広げる「とりあえず生中(仮)」という番組を放送しているが、西村氏は「生中が単なる劣化したテレビ番組になっている」と疑問を呈す。

 最近一番注目しているニコ生の話に食いついてみる。

 結論からすると、「コレ(ラピュタ)をニコ生の運営がやってみては?」なのですが、それはまた別記事で詳しく書く。

なぜ Twitter をはじめたか書いてみる 

 『“Twitter”に換わる何かを探して』の曖昧な部分をもう少し具体的に詰めてみようってのが狙いだったりする。

 そのためには、Twitter を体感として知る必要があると判断して実験的に始めようと思ったのがホントのところ。

 ただ、既にビジョンはある程度見えてはいる。要は、それが面白くなるかを確認するための作業。

 文字を書き込むという作業が、煩わしことなのかってのを、検証してみる。

 1対多の場合は、音声(+映像)対コメントというニコ生の構図のほうが、しっくりくるんだけどなぁ だから1側の音声を文字化させるのが肝になる。

 で、このコメントを出来るだけフィルタリング出来るほうがいい。ゆえに Twitter のような、顕名、実名のタイムラインがあればいいかなと。

 Twitter には荒らしの存在が発生しない。このシステムを取り込めば、ニコ生は、もっと快適になる。それはもう、匿名コメントで成り立ってるニコニコじゃないかもしれないけれど、そういったサービスのほうが、今後はウケルはず。

 そして、若者も集まりやすくなる。と思いたい。

“Twitter”に換わる何かを探して 

早すぎたCGMサービス「オルトアール」の話(その6) | トーキング.jp -対談ブログ-

 正直、“Twitter”をほとんどやっていないのに、こーゆーのを書くのは、的外れなのかもしれない。だけど、ではなぜ“Twitter”をやらないのかを考えれば、自ずとどんなウェブサービスなら自分が食いつくんだろうか?ってことの答えが出てくるんじゃないかと思ったのですよ。

 それで出た結論から言うと、音声認識して文字に落とし込んだタイプの“Twitter”ならいいんじゃないかと。

 ニコニコ生放送を最近よく好んで観ているのですが、文字文化と違って、映像、音声文化ってのは、情報量が桁違いに多いというのを実感するんですよね。

 文字って言うのは、表現が誤解されやすいし感情も伝えにくい面がある。しかし、映像、音声は結構正直に出てしまいます。もちろん、それを騙すようにして悪用することも出来ますが、それはコミュニケーションツールとしての使い方として、ちょっと違う使い方なので、はずして考えることにします。

 あと、音声ならケータイ文化が既にあるし、話すだけだから文字を入力するといったわずらわしさがありません。

 ただ、映像や音声というのは、文字と違って一目では分らず、ある一定の時間を拘束されるわずらわしさがあります。つまり、観て(聴いて)みないと分らない。そこに敷居が一段ある。文字ならちょっと読めば、読む/読まないが判断できるし、つまみ読みや後で読むも出来る。これは、文字のよさですよね。

 それなら、お互いのマイナス面を補うってのが一番いいわけですよ。そこで、自動音声認識して文字に起こすタイプのツールがあればいいのではとなるのです。

 “Twitter”の呟きなどに照らし合わせて同じように、話す時間(尺)を15秒とかに決めて一投稿とする。それを、自動で文字に起こして表示する。それに音声や映像とあわせて見聞きしたければ、視聴できるようにする。“Twitter”にある @ や RT も認識音声をあらかじめ決めておけば代替可能ではないかと。

 これをもしケータイでサービスとして作ったらバカウケしそうなんですけどね。今ならケータイで動画も撮れますし。画質なんてそれ程いいものは必要ないでしょう。高画質が必要なら PC からも出来るような工夫をすればいいし。あと、映像はサムネとか一部を切り取った画を貼れるようにするとかね。

 投稿は、音声、映像にして一々文字入力をしなくてもいい。そして見る場合は、文字や絵でも見られるから内容が瞬時に分りやすい。もちろん、音声、映像を観ることも出来る。

 音声を文字に起こすのは、まだまだ難しい問題がありますが、だいぶ進化していると思います。それにある程度の誤字なら解読できて内容が分りますし。

 こういったウェブサービスが出来上がれば、かなり面白くなると思います。ただ、このサービスを作って収益をどうやってあげるかってのは分りませんけれどね。

 使う側として、“Twitter”に換わる面白いウェブサービスは何かを探していたら、こうなったという感じです。
[タグ] CGM Twtter
[ 2009/08/28 18:18 ] ウェブの話 | トラックバック(0) | コメント(4)

ゆるさと気軽さと敷居の高さと 

「ご意見有難うございます」だけならBotでも書ける - 煩悩是道場
「ほぼ日」のウェブサイトも大幅にリニューアルしましたけれど、未だにトラックバックやコメント欄の無いスタイルで運営されている事に変わりはありません。消費者が何か言いたい事がある時はメールフォームから書く以外、ない。だけれどもそれで問題が起きていないのはメールマガジンなどで「●●さんからのご意見、有り難うございました」ときちんと丁寧に糸井さん名義でお返事があるからなのではないでしょうか。「ほぼ日」に於ける糸井さんの立ち位置というのは様々なのですけれど、メルマガで消費者から寄せられた意見に答えている糸井さんというのは糸井重里という個人を超えた白石さん的立ち位置のキャラクターとして消費者と「ほぼ日」をブリッジするイコンとしての役割を果たしているように思う。

 コメント欄、トラックバック欄の管理って、運営上無駄なコストになりがち。アメブロあたりは、開放して人的にノイズを取り除いてるけど、回収できるようにトラフィックを稼いだりして 広告収入>人件費 で自転車操業的に回してると思われる。

 個人の場合は、有名ブログなら『極東ブログ: もうコメント欄を承認制にしますよ。みなさんもそうしたほうがいいですよ。』な感じで、トラブルを未然に防ぐってのも提唱されています。

 つまり、「つぶやき」とか「思いつき」を気軽に投稿できるミニブログ系のものってのは、企業にとって身に成りにくいという面がありそうということ。よほど工夫しないと宣伝効果があがらないような……

 ある程度の敷居は上げておいたほうがいい。それでも一過言あるようなら、メールなり問い合わせフォームなりでも、言ってくるでしょう。お客様相談コーナーだって設置しているところも多いのでそちらで言えば済む話。「つぶやき」や「思いつき」は、ヒントにはなっても、そのヒントを得るための玉石混淆をどう峻別するか。

 参加するのと観るだけでも、かなりの違いがあるんでしょうね。1対多の場合は、多をいかに1対1に近づけるようにするかが求められるのだと思います。

 Twitter のゆるさがどこまで許容されるかを、よほど戦略的にリサーチしてシミュレートしてからでないと、ビジネスで活用させる場合は大火傷する可能性もありえますね。

 言ってる事は、ululun さんと一緒なんですけどね。自分なりに整理して書いてみた。

インターネットにネバーランドを持ち出すのはちょっと違うかな 

圧倒的にTwitterを使いこなしている一人勝ち企業が出ないうちに、Twitterを試したい企業は試行錯誤すればいいのに。キーワードは「白石さん・社内横断的なチーム・ASAYANメソッド」 - どんなジレンマ
深い憂慮を表明します。: CONCORDE
示された憂慮は企業に届くように、「Twitter利用をしないと企業は得をする」記事を書かれてはいかがだろう? - どんなジレンマ
純粋であれ!と願うこと。: CONCORDE
インターネットはネバーランドじゃない - どんなジレンマ
そう、だから、営利にも政治にもネバーランドじゃない。: CONCORDE
インターネットでのコミュニケーションに関する違いをぶつけ、見付けた6つのもの - どんなジレンマ

 ディズニーランド(リゾート)としたほうが分かりやすいよね。意図してネバーランドを出したのかはわかりませんが。

 ディズニーランドは、リアルに存在するバーチャルな空間を無理やり作り出しているところ。ネバーランドは物語の中にある空想上の世界。この違いを区別しなければ、いつまでたっても話は平行線で終わりますよ。現実今回の両名のやり取りでもそうなったようですが。

 ディズニーランドには、リアルとバーチャルが混在しています。でも、その場を無理やりバーチャル空間にすることを強いています。そして、そこに訪れる人も、わざわざ高いお金を出してまで、そのバーチャルな空間を望み、溶け込むようにしてリアルから離れて楽しみます。

 もちろん、バーチャル空間を維持しているのはリアルの人々です。

 ネットの世界も同様と考えれば納得できるのではないかと。つまり、リアルとして楽しみたい/使いたい人と、バーチャルで楽しみたい/使いたい人をうまく棲み分けてくれって話でしょ。

 で、リアルの場合はお金に目がくらんだ人たちがどんどん勝手にバーチャルな場にも踏み込んでくる。つまりバーチャルな人たちの楽しみの場を荒らして奪っていくのですよ。それが、深い憂慮を表明ってことじゃないかと。

 ディズニーリゾートにいって、政治がどうのと演説たれられても困るし、この商品はどうのって宣伝されても困るってはなしで、まさにそこは「空気読め」ですよね。で、そうじゃなくって、バーチャルな場のディズニーリゾートでは関連商品は売ってるし、飲食店もアトラクションもあるわけです。そこでは、リアルで商売してる実態があるのですよ。そういった仕組みがバーチャルを維持しながらも作られていて、リアルが存在していても上手く棲み分けられているってことですよね。

 それを、発展途上(なのか?)の Twitter で、よく知らない人達が、ここは人が集まるからいいかもって考えて、演説や商品宣伝はじめちゃう。でもうまくいかなくて散々試して結局「やっぱりここじゃ聞いてくれねぇ、売れねぇ、稼げねぇ」っていわれても、すでに場を荒らし回した後では、バーチャルを楽しんでた多くの人達がいなくなってしまうのでは困っちゃうよねってことじゃないかとね。

 ディズニーは、一企業が管理運営してるからバーチャルな場を徹底できるけど、ネットの世界は混沌としているので、上手く棲み分けなんてできないでしょうからねぇ

 バーチャルな場を意識した上で、政治活動、企業活動して荒らさなければいいですよってことじゃないかと。

 まぁ、ネットで面白いサービスが流行り始めるといつもこれって繰り返されてる話だけどね。

 ネットをバーチャルとして割り切って娯楽として楽しみたい人には、どんどん棲みにくくなってきますよね。多分これからも。

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