『斬(ZAN)』

主に Web(ウェブ),ブログ(blog),サイト,ニュース,CGM などネットで視た様々な出来事を『斬』りますよ。
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既にお気づきの方もおられるとは思いますが、週一更新です 

 なんか、Twitter のつぶやきみたいなタイトルですが、そーゆーことです。

 ここ最近までは(といっても、既に一ヶ月前)、四日間隔の更新頻度でしたが、さらに落としています。
(参考:『斬(ZAN)』 今年は、週一更新でスタート予定ですよ

 いきなり週一更新にするには、ちょっと抵抗があったので、自分なりに納得のいくかたちで更新頻度を調整していました。

 たぶん、5月の連休明けごろには二週間間隔の更新に移行できそうですね。以降時期は、1,2ヶ月ずれるのはごく普通に考えられますが。

 いよいよ、大目的の一ヶ月一記事更新が実現できそうです。ホントいい感じにきています。

 しかし、一番の問題は、月一更新が継続できるかなんですよ。ここまで慎重に段階的に推し進めている背景にあるのは、月一更新になると、モチベーションが落ちてやめてしまう可能性があるということなのです。今、ゆっくりとそのための免疫力を育てているのです。いわゆるランニングでいうところのクールダウンです。

 ブログの月一更新は、毎日更新より難易度が高いと思いますので、時間をかけてじっくりと取り組まなくては、成功しないであろうと思われるのです。

 例えてみると、毎日更新一ヶ月継続は計31記事。月一更新だと31ヶ月かかるということは、3年近く継続させるということですからね。如何にそれが難しいかお分かりいただけるかと思います。

 この地味な、自分との孤高な闘いに向けて、焦らずじっくりと進めているのです。
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この配役にはちょっと雑念がはいってしまうのだよなー 


(via 「ガチ泣きした」 「何年ぶりかに泣いた、涙がとまらねぇ」 大人も泣いてることが判明:【2ch】ニュー速VIPブログ(`・ω・´)

 すごくいい CM なんですけれど、お父さん役がきたろうさんなんですよね。

 今でこそ、きたろうさんは俳優さんといったイメージですが、自分の場合どうしてもシティーボーイズのきたろうさんなんですよね、どこまでいっても。役者というよりも芸人というほうが強いのです。きたろうさんの芸人としての芸風(といよりシティーボーイズ自体)が好きなんですよね。

 ここからは、ネタバレなので動画の CM を先に観てくださいね。

 なので、最後にお父さんにチャーハンが「うまいか?」と訊ねられたときの、娘さん(初音映莉子さん)のセリフは、ニュー速VIPブログの >>589 や >>590 と同感で「まずい」のほうがよかったのではないかと思うのですよ。

 どうしても、きたろうさんだと「まずい」の時の返し方を期待してしまうんですよね(といっても、きたろうさんは、元々ボケなんですが)。これが、長塚京三さんとか、蟹江敬三さんとか生粋の渋い俳優さんだったら「うまい」で違和感ないのでしょうれどね。
 
 というか、書いてて思ったんですが、むしろ、2パターン用意してどっちが出るかまで楽しめるっていうのもアリではなかったかと。泣かせるパターンと苦笑パターン。

 実は密かにどっちも録っていて、最後まで悩んだ結果「うまい」を取った、ってなエピソードがあるのではないかと期待してしまいますね。

感動詞に「おまえ」を使う人っているよね 

 身近な60代くらいの男性に多いように思われる。

 え?タイトルの意味がよくわからないって。

 つまり、言葉の端々に、「おまえ」を入れて話す人ですよ。別に話相手のことを指して「おまえ」と言ってるというより、話しの調子を整えるような感動詞(と読んでいいのか微妙だけれど)として使っています。

「おまえー、そういえば、この間、おまえー、ドンキー行ったときに、おまえー、変な客がいてなー、おまえー、…… 」

 ってな感じで、これはかなり大げさに書いてますが、ニュアンスとしてはお分かりいただけるのではないかと。

 こーゆー話し方(口癖)する人っていますよね。それで、気になりだすと、いつ「おまえ」って言うか、とか、何回「おまえ」っていうかを数えはじめてたりして、話しの内容に集中できなくなってしまうのですよね。

 あなたの周りにもいませんか?感動詞に「おまえ」を使う人。

「幸せ」と感じるハードルの高さについて(その2) 

 はやく「幸せ」になりた souryuusei です(笑) あすなろ君とでもお呼びください。
前回のは、こちらです。

 「幸せ」度をこじらせてる状態を具体的に書いてみます。かなりエグい内容になると思われますので、「幸せ」になりたい人は、読まないほうが、いいかもしれません。なので、静かにブラウザを閉じるか、戻るかしてください。

 では、いきますよ。


 「コップ半分の水」の例えは、誰でも知っているでしょう。
ものごとをポジティブに考えるか、ネガティブに考えるかという議論をするときに、「半分だけ水が入ったコップをどう見るか」という話が良く引き合いに出される。それを「半分も水が入っている!ラッキー」と考えるか、「どうして半分しか水が入っていないんだろう?残りの半分は誰かが飲んでしまったのだろうか」と考えるか、で人生が大きく変わってくるという話である。
Life is beautiful: 「半分空っぽのコップ」を「半分水が入ったコップ」に見せるテクニック

コップに半分の水を見て
「まだ半分ある」と考えている人間は、
すなわち要求水準が低い人間であるということになる。
「まだ半分ある」と考える人間が積極的思考の持ち主であると、一概にいえない


もうこれしかないという気持ちは、
マイナスどころか、むしろプラスに働くこともあるのである。


他人とのつき合いの中で、不安や葛藤や怒りが生じたとき、
私たちは、相手を否定したり、攻撃したりしがちである。
それは、とりもなおさず、
そこに映って出会った自分に対して向けられたものに他ならない。


苦手な相手が現れたときは、
自分が向上するためのチャンスをいただいたと、発奮するときなのだ。


熱中できるものにマイナスの志向は寄ってこない


成功をする秘訣は、自分の中の優れた能力を見出して、磨くことだ。
そのためには一刻も早く、自分の能力に気づくことが大切だ。

【コップ半分の水】より


コップ半分の水
渋谷 昌三
本の中の名言・格言 | 渋谷 昌三『コップ半分の水』

 これについて、「幸せ」度をこじらせている場合は、どう考えるかを書いてみる。

まず、前提を求めてしまう。
 ・今の状態はどうなのか
   お水を欲しているのか、既にお腹いっぱいで欲していないか
 ・お水には、何か入っていないのか?
 ・本当に水なのか?

 この時点で、すでに「不幸」が始まっています。単純に言われたことに対しての条件のみで考えられないのです。ひねくれた考え方がまず第一に思い浮かんでしまうのです。

 これは、もうどうしようもないのです。だって一番最初にそう思ってしまうのだから。

 そして、そこから、前提が異なれば、ポジティブもネガティブも真逆になるということを考えてしまいます。

 お腹がいっぱいなら、お水が
「まだ半分ある」は「まだ半分もある」だし、「もう半分しかない」は自分に対して言い聞かせて残り半分をなんとかしようとする状態です。

 そして、もしこのお水が、すごくまずいものなら、「まだ半分ある」はやっぱり「まだ半分もある」であり、以下同文です。

 状況によって、いかようにも答えは変わってしまいます。

 よしんば、素直に「まだ半分ある」だったとしましょう。でも、ここからでも「幸せ」度をこじらせた人は違うのです。

 この半分の内訳を求めてしまうのだ。この半分をどうしようかと考え込んで悩んでしまうのです。

 ・今日どれだけ飲むのか?
 ・いつまでに飲むのか?
 ・いつまで飲むことが出来るのか?
 ・刻むのか、一気か
 ・お代わりはあるのか?

 そして、考え抜いた結果として、最善と思われる解を実行するのですが、なぜか最悪の結果になるのです。これは、ネタでいっているのではありません。繰り返す。これは、ネタでいっているのではありません。今までの人生のなかで、実際に経験してきたことなのです。

 だからといって、何も考えずに直感で動いても、やはり結果は一緒なのです。当然それも試しているのです。直感と熟考で同じなら直感がいいだろうとお考えか?否、違います。やはり考え抜いた上での最悪の結果ならまだ直感よりも自分を慰めることが出来るのです。考察もできるし、反省材料もある。何よりも、いろいろ考えてダメだったなら折り合いをつけて納得もできるのです。

 もちろん、最初から最悪な結果になるなどとは、考えていません。ベストを尽くすべくやっているのです。それでも結果はそうなるのです。どうしようもないのです。

 この経験の積み重ねが「幸せ」度の尺度を狂わせ、「不幸」を余計に招きよせているのではないかと思われるのです。

 こじらせたいのではありません。こじれる方向へと導かれるのです。この導きから逃れたいと、もがけばもがくほど蟻地獄となって深みにはまっていくのです。

 ほーら、この記事もどんどんその深みにハマっているのがお分かりいただけるでしょう。これを好きでやっているのではないのですよ。もっとポジティブな記事を書きたい。

 もっと気分よく、気持ちのいい「幸せ」になるような記事を書きたいと思って書き始めているのですよ。最初に断りは入れていますが、最後にはハッピーになるようなまとめ方にしようと思っているのです。それでも、それでも、その結果がこれなのです。

 全てが全てこの調子ですから、気が付けば「不幸」の入口からどっぷりとその中に入っているのです。

 「幸せ」のハードルを低くし、「幸せ」度を適正にさせたい。意外と切実な問題なのです。


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