『斬(ZAN)』

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「幸せ」と感じるハードルの高さについて 

『「幸せ」と感じるハードルの高さ』とは?

 と、疑問に感じることがあるかと思いますが、まあ読め(笑)

 昨日何気に思い浮かんで、考えていたことなんですが。よく女性が、おいしいスイーツなんかを食べたときに、「幸せー」って言うじゃないですか。

 アレって、価値観が違う人からするとよく分からなくて、確かに美味しいとは思うけれど、「幸せ」とは、感じないよな、と思うものです。言葉は悪いですが、安っぽい幸せだな、と。

 しかし、よくよく考えてみると、これって結構重要なんじゃないかと。人によって幸せと感じるハードルの高さは違うのですよね。

 オリンピックに出るようなアスリートなら、金メダルを獲って初めて大きな幸せを感じるんじゃないかと。もちろん、昔からの小さな幸せ(小さな大会ごとに優勝してきているでしょうから)の積み重ねの経験を得ての、オリンピック金メダル。世界最高峰の頂点なのでしょうけれど。

 その積み重ねの上にある大きな幸せは、誰にでも理解を得やすく、実感は本人以外には分からないとしても、共感できる部分は大いにあります。

 これは、幸せのハードルが、すごく高いけれど、高さと幸せの釣り合いが取れている状態であると思います。

 一方で、他人からしたら、それの何が幸せかさっぱり分からないような「幸せ」も存在しますよね。本人がそれで幸せと感じるならそれでいいではないかといった類のものです。

 こちらは、人の価値観の違いにゆだねられるため、共感は得にくい「幸せ」です。こちらのハードルは、他人には、なかなかその高さを理解しにくく、物差しがどこにあるのかさえ分かりません。それでも、その人にとっての物差しは存在し、幸せの尺度というものがあると思います。いわゆる、その「幸せ」の金メダル級から地区大会優勝レベルまで。

 それで、ここからが本題となる問題で、この共感の得にくいほうの「幸せ」の尺度ってのが、その人の全体の「幸せ」と大きく関わってくるのではないかと思ったのです。

 それこそ、スイーツを食べて「幸せ」と感じるものから、何げない一言で「幸せ」と感じる人もいる(もっとも、スイーツを食べて「幸せ」と感じるのは、共感が得やすいほうに入るのでしょうけれど)。

 ひねくれて考えれば、他人の不幸をもっとも「幸せ」と感じる人もいるだろうし、趣味でハマっていることで、その中でしか得られない貴重な事が起きたときに「幸せ」と感じることもあるでしょう。

 さらに推し進めて考えると、この他人が理解しがたいことに「幸せ」を感じるタイプで、その「幸せ」度をこじらせるとかなり厄介になるのではないでしょうか。本人しかその「幸せ」の物差しを持っていませんから、その物差しが異常でありハードルが高いと「幸せ」になることが非常に難しくなるということなのです。
 
 そして、それは、まだ実力がともなっていればよいのですが、多くの場合実力不足のため、より大きな「幸せ」をつかむことが、とてつもなく困難なのです。

 ですから、この他人から理解を得がたい「幸せ」の類で、「幸せ」度をこじらせた場合は、単純に「不幸」のはじまりという事になるのです。

 もし、あなたがこの他人からなかな共感を得られにくい「幸せ」を感じることを多くもっているのでしたら、その「幸せ」度を今一度冷静に見直してみましょう。それが本当に正しい尺度であるかどうか、冷静に客観的に見直すことで、「不幸」を避けることができるかもしれません。

 そして、ここで書いてる、"あなた”とは、もちろん自分に言ってるということは、ここまでお読みいただいている読者ならお分かりいただけるかと思います。

 不幸のどん底から早く抜け出したいとあがいているからこそ、こんな記事を書いてしまうのですよね。

 はやく「幸せ」いっぱいになりたいのです。
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