『斬(ZAN)』

主に Web(ウェブ),ブログ(blog),サイト,ニュース,CGM などネットで視た様々な出来事を『斬』りますよ。
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「幸せ」と感じるハードルの高さについて(その2) 

 はやく「幸せ」になりた souryuusei です(笑) あすなろ君とでもお呼びください。
前回のは、こちらです。

 「幸せ」度をこじらせてる状態を具体的に書いてみます。かなりエグい内容になると思われますので、「幸せ」になりたい人は、読まないほうが、いいかもしれません。なので、静かにブラウザを閉じるか、戻るかしてください。

 では、いきますよ。


 「コップ半分の水」の例えは、誰でも知っているでしょう。
ものごとをポジティブに考えるか、ネガティブに考えるかという議論をするときに、「半分だけ水が入ったコップをどう見るか」という話が良く引き合いに出される。それを「半分も水が入っている!ラッキー」と考えるか、「どうして半分しか水が入っていないんだろう?残りの半分は誰かが飲んでしまったのだろうか」と考えるか、で人生が大きく変わってくるという話である。
Life is beautiful: 「半分空っぽのコップ」を「半分水が入ったコップ」に見せるテクニック

コップに半分の水を見て
「まだ半分ある」と考えている人間は、
すなわち要求水準が低い人間であるということになる。
「まだ半分ある」と考える人間が積極的思考の持ち主であると、一概にいえない


もうこれしかないという気持ちは、
マイナスどころか、むしろプラスに働くこともあるのである。


他人とのつき合いの中で、不安や葛藤や怒りが生じたとき、
私たちは、相手を否定したり、攻撃したりしがちである。
それは、とりもなおさず、
そこに映って出会った自分に対して向けられたものに他ならない。


苦手な相手が現れたときは、
自分が向上するためのチャンスをいただいたと、発奮するときなのだ。


熱中できるものにマイナスの志向は寄ってこない


成功をする秘訣は、自分の中の優れた能力を見出して、磨くことだ。
そのためには一刻も早く、自分の能力に気づくことが大切だ。

【コップ半分の水】より


コップ半分の水
渋谷 昌三
本の中の名言・格言 | 渋谷 昌三『コップ半分の水』

 これについて、「幸せ」度をこじらせている場合は、どう考えるかを書いてみる。

まず、前提を求めてしまう。
 ・今の状態はどうなのか
   お水を欲しているのか、既にお腹いっぱいで欲していないか
 ・お水には、何か入っていないのか?
 ・本当に水なのか?

 この時点で、すでに「不幸」が始まっています。単純に言われたことに対しての条件のみで考えられないのです。ひねくれた考え方がまず第一に思い浮かんでしまうのです。

 これは、もうどうしようもないのです。だって一番最初にそう思ってしまうのだから。

 そして、そこから、前提が異なれば、ポジティブもネガティブも真逆になるということを考えてしまいます。

 お腹がいっぱいなら、お水が
「まだ半分ある」は「まだ半分もある」だし、「もう半分しかない」は自分に対して言い聞かせて残り半分をなんとかしようとする状態です。

 そして、もしこのお水が、すごくまずいものなら、「まだ半分ある」はやっぱり「まだ半分もある」であり、以下同文です。

 状況によって、いかようにも答えは変わってしまいます。

 よしんば、素直に「まだ半分ある」だったとしましょう。でも、ここからでも「幸せ」度をこじらせた人は違うのです。

 この半分の内訳を求めてしまうのだ。この半分をどうしようかと考え込んで悩んでしまうのです。

 ・今日どれだけ飲むのか?
 ・いつまでに飲むのか?
 ・いつまで飲むことが出来るのか?
 ・刻むのか、一気か
 ・お代わりはあるのか?

 そして、考え抜いた結果として、最善と思われる解を実行するのですが、なぜか最悪の結果になるのです。これは、ネタでいっているのではありません。繰り返す。これは、ネタでいっているのではありません。今までの人生のなかで、実際に経験してきたことなのです。

 だからといって、何も考えずに直感で動いても、やはり結果は一緒なのです。当然それも試しているのです。直感と熟考で同じなら直感がいいだろうとお考えか?否、違います。やはり考え抜いた上での最悪の結果ならまだ直感よりも自分を慰めることが出来るのです。考察もできるし、反省材料もある。何よりも、いろいろ考えてダメだったなら折り合いをつけて納得もできるのです。

 もちろん、最初から最悪な結果になるなどとは、考えていません。ベストを尽くすべくやっているのです。それでも結果はそうなるのです。どうしようもないのです。

 この経験の積み重ねが「幸せ」度の尺度を狂わせ、「不幸」を余計に招きよせているのではないかと思われるのです。

 こじらせたいのではありません。こじれる方向へと導かれるのです。この導きから逃れたいと、もがけばもがくほど蟻地獄となって深みにはまっていくのです。

 ほーら、この記事もどんどんその深みにハマっているのがお分かりいただけるでしょう。これを好きでやっているのではないのですよ。もっとポジティブな記事を書きたい。

 もっと気分よく、気持ちのいい「幸せ」になるような記事を書きたいと思って書き始めているのですよ。最初に断りは入れていますが、最後にはハッピーになるようなまとめ方にしようと思っているのです。それでも、それでも、その結果がこれなのです。

 全てが全てこの調子ですから、気が付けば「不幸」の入口からどっぷりとその中に入っているのです。

 「幸せ」のハードルを低くし、「幸せ」度を適正にさせたい。意外と切実な問題なのです。
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